イギリスでデルタ株の亜種が急拡大

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「1カ月ほど前にこの亜系統を見つけたのは、スパイクたんぱく質の変異が2つあったため興味をそそられたからです」とレーマー氏は振り返る。AY.4.2という名前を提案したのもレーマー氏だ。

　ドイツ、ベルリンにあるマックス・プランク感染生物学研究所の分子生物学者エバンス・ロノ氏は「（新型コロナウイルスの）新たな変異は次々と現れており、その大半はウイルスの生物学的挙動に影響を与えません」と話す。ただし、広まりやすい、感染力が強い、治療への抵抗性がある、免疫反応を回避するなど、ウイルスが生き延びやすくなる変異もある。ロノ氏によれば、こうした変異をもつものが亜系統として確立するという。氏はデルタ株の新たな亜系統をカタログ化し、査読前の論文を投稿するサイト「bioRxiv」に10月12日付けで公開した。

AY.4.2は何が違うのか
　新型コロナウイルスのスパイクたんぱく質を含むすべてのたんぱく質は、アミノ酸がネックレスのビーズのようにつながってできている。AY.4.2の特徴は、デルタ株のなかでも特に流行している「AY.4」から、スパイクたんぱく質の145番目と222番目のアミノ酸に新たな変異が起きていることだ。新型コロナウイルスは外側の表面にあるスパイクたんぱく質を使い、肺などの細胞の表面に存在するACE2受容体というたんぱく質に結合することで、ヒトの細胞に感染する。

　AY.4.2の特徴である2つの変異を両方もつものは他のVOCでは見つかっていないが、これらの変異は、問題を引き起こす恐れがある他の変異株では以前から見られる。

　222番目の変異は昨年の10月に最も広がった「B.1.177」変異株でも見られ、「やはり広がりやすさに関して小さな利点があったかもしれません」とベルギー、ルーベン・カトリック大学の進化生物学者で生命統計学者のトム・ウェンセレーアス氏は述べている。

　145番目の変異はミュー株とアルファ株にも見られる。スパイクたんぱく質のこの位置は、多くの抗体が認識し、破壊の標的にする領域内にある。フランス、パスツール研究所のウイルス免疫部門を率いるオリビエ・シュワルツ氏は、AY.4.2はこの変異のおかげで「抗体から逃れることができるか」、あるいはヒトの細胞に入りやすくなるかもしれないと話す。

　これらのシナリオが正しいかどうかはわからない。東京大学のウイルス学者、佐藤佳氏によれば、現在のところ、2つの変異がウイルスの感染力やACE2受容体への結合力に影響することを示唆する研究はないという。

　たとえAY.4.2の適応度がデルタ株より高いとしても、2021年4～5月にデルタ株がアルファ株より優勢になったとき、あるいはアルファ株が従来株に取って代わったときのような急拡大はまだ見られない。「デルタ株より少し優位に立っているだけです」と英ユニバーシティー・カレッジ・ロンドンの臨床研究部門を率いるクリスティーナ・パゲル氏は話す。

　ウェンセレーアス氏も、アルファ株とデルタ株がそれぞれの祖先より40～70％伝染しやすかったことに比べれば、AY.4.2の優位性ははるかに小さいと認めている。

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AY.4.2は脅威となるか
　ヨーロッパ諸国ではAY.4.2の感染者数が減少しているにもかかわらず、なぜ英国だけ急増しているかは謎のままだ。

「AY.4.2がデルタ株に比べ、伝染のしやすさで10～15％程度の小さな優位性をもつ可能性はありますが、配列の変化が最小限にとどまることを考えても、重大な脅威をもたらす心配はなく、英国の状況の説明にはなりません」と米スクリプス・トランスレーショナル研究所の創設者兼所長であるエリック・トポル氏は話す。

　英ケンブリッジ大学の臨床微生物学者ラビンドラ・グプタ氏は、英政府が公衆衛生対策をあまりにも早く緩和しすぎたことが原因だと考えている。「英国の状況は、マスクなどの感染軽減策、未成年へのワクチン接種、学校での感染対策を怠った結果です」

　それに加え、ワクチン接種を終えて数カ月たった人の免疫が低下していることや、気温が下がって人々が屋内で密集する時間が増えたことも、英国での感染者数の増加に影響している可能性がある。

　幸いなことに、英保健安全保障庁によれば、AY.4.2がより深刻な症状を引き起こしたり、既存のワクチンの効果を下げたりしている様子はない。

「（英国の）入院率と致死率は比較的安定しています。これはAY.4.2に対してもワクチンが有効であることを示唆しています」と佐藤氏も述べている。

　AY.4.2に注目が集まっているが、元のデルタ株より拡大している亜系統はいくつもある。例えば、シンガポールでは7月以降、「AY.23」と「AY.23.1」が多数を占めており、元のデルタ株は過去60日間に採取されたサンプルのわずか2％を占めるにすぎない。

「デルタ株は亜系統、亜系統の亜系統へと変異し続けています。英国では高い感染率が続いているため、変異のチャンスは十分あります」とパゲル氏は話す。

　より多くの人がワクチン接種を受ければ、新たな変異株が現れる機会は少なくなるというのが専門家の一致した意見だ。佐藤氏は次のように述べている。「ワクチンが新型コロナウイルスのさまざまな変異株から私たちの命を守ってくれます」

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