日本ってなにが得意なの？

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そばに近づけない母へ　最期まで届けた絵手紙33通

　A4サイズの紙には、鹿児島県の親族から届いた鮮やかなオレンジ色のタンカンが描かれていた。

　家族の近況や「お母さんも元気でネ」というメッセージも添えられていた。

　田島さんが初めてつくった絵手紙だった。

　その前年の年明けまで、母は埼玉県内のマンションでひとりで生活していた。

　家事をこなし、デイサービスでは歌が得意で、字が美しい人として知られていた。

　けれど、風邪のような症状で体調を崩して入院したのをきっかけに、好きだった料理をほとんどしなくなり、持病の薬の管理も難しくなっていった。

　隣市に住む田島さんが頻繁に母の家を訪れ、サポートするようになった。

　そんな生活が半年ほど続いた後、介護老人保健施設に入った。「家族に負担をかけたくない」と母が希望し、「幸せ、幸せ。ありがたいよ」と話した。

　施設での生活が始まって半年が過ぎるころ、国内で新型コロナが広がり始めた。3月には外部の人との面会ができなくなった。

　田島さんは週2回、着替えなどを届ける際に遠目に母の様子をうかがった。うつろな表情でぼんやりと過ごしていることが増えたような気がした。

　「何か刺激を与えないと、どんどん衰えてしまう」と焦った。

　ふと絵手紙を描こうと思い立った。

　田島さんは美術大学で工芸デザインを学んだ経験があった。孫が生まれてからは美術館などのチケットの懸賞に、イラストを添えて応募していた。

　施設の廊下に風景や季節の食べ物などをテーマにした作品が飾られていたことにも背中を押された。

　早速、ホームセンターで顔彩を購入。動画投稿サイト「ユーチューブ」や入門書を見ながら描いた。

　「雪が降ったヨ！」

　「孫とも会えないし、コロナ騒動で世の中大変！！　私もパパも元気で過ごせてるよ」

　「母の日おめでとう」

　週1回ほど母に絵手紙を贈るようになった。

　エリンジウム、バラ、カーネーション――。最初の頃は花が好きな母を思って絵の題材を選んだ。

　「季節や家族の様子を知らせて、お母さんの心をほっこりさせたい。一筋の喜びを与えたい」という一心だった。

　最初の緊急事態宣言の最中だった5月、オンライン面会で母に会えた。

　「あなたの絵はいいねぇ」「絵手紙をもらうとあなたとつながっている感じがする」と言ってもらった。

　夏が近づくと、果物など旬の食材を描いた絵手紙が増えた。

　みずみずしい赤のスイカの絵には、東京都内で暮らす長女（39）から父の日のプレゼントが届いたことを書き添えた。

　秋には母の好物のサンマの絵手紙を贈った。

　父と母はともに鹿児島県出身で、東京都内で鮮魚店を営んでいた。父は明るく、人をよく笑わせたが、お酒のトラブルで警察沙汰になることもあった。

　母は父を頼って鹿児島県から上京してきた若い従業員たちの面倒を見ながら商売を切り盛りし、3人の娘を育て上げた。

　社交的な父に比べ、口数は多くなかった。「品があってきれい」と周りから言われていたことを、田島さんはよく覚えている。

　コロナ禍で春から夏、秋へと季節が進むなか、母の体はさらに弱っていった。移動には車いすが必要になり、特別養護老人ホームに移った。

　11月下旬には誤嚥性肺炎で入院。退院後は食べられなくなっていった。

　12月上旬、田島さんが施設を訪れると、職員が車椅子で玄関のガラスドアの向こう側に母を連れてきてくれた。

　田島さんが両腕を上げて大きな丸をつくり、「お母さん、元気？」と声をかけると、母も両腕で小さく丸をつくってくれた。わずかにほほ笑んだように見えた。

　その日の深夜、日付が変わってまもなく母は息を引き取った。老衰だった。「眠るような最期だった」と後で職員から教えてもらった。

　田島さんが贈った絵手紙は約9カ月で計33通。鮮やかな黄金色のイチョウの木の下で遊ぶ2人の孫を描いた1枚が最後になった。

　「木々が色づいてイチョウの葉が美しいです。孫達（たち）もコロナに負けず、元気デス」と書いた。

　商売と子育てに追われたときも、父の行動が手に負えなかったときも、施設で暮らすことを選んだときも、母はどんなときも弱音を吐かず、前を向いていた。

　自慢の母だった。

　「お母さんみたいに強くいられるかな」。自信はないけれど、明子という名前にふさわしく、明るく前向きに生きていきたい